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猥褻廃語辞彙

全一冊(非売品)

大正八年六月発行 謄写版印刷半紙本

「民本主義」といふ政治雑誌の第一号を発行して、直ちに発売禁止を命ぜられ、罰金刑にも処せられ、其上これも毎号禁止するとホノメカサレたので、手も足も出ぬ苦しさに

「過激と猥褻の二点張りといふべき予の性格、その予が企画せし官僚政治討伐、大正維新建設の民本主義宣伝を妨害され窘迫さるれば、自然の帰着として性的研究の神秘漏洩に傾かざるを得ざるべし、これ本書発行の理由にして、又予の天職発揮なり」云々

との自序で、「例言」には「本書編纂の要旨は、考古家の研究資料とするにあれども、兼ねては無知識の教育家輩をして、往年女子高等国語読本に四ッ目屋の事を出せしが如き失態なからしめんとするにあり、予は数年前より猥褻俗語彙の編纂に着手して、今は既に二千語の多きに達せしが其中より約三百の廃語を抜記し、更に其中より半数だけを精選せり」と記せし如く、凡そ一週間ほどかゝつて、猥褻廃語の解釈をしたのである、これを友人間に通知して、米代にしたいのだから、三円で頒布する、五円以上寄贈する人へは、著者自筆の書入れを加へ、尚珍画をも添へると云つたので、その三円、五円を送つて来る人が百七十名ほどあり、中には十円二十円を送つて来た人が五六名あつたので、例言には三十部印刷と書いたが、事実は二百部印刷して配布した、然るに六月一日発行の届出に対し、内務省は同八日に至つて頒布禁止の令を下し、谷中警察署の刑事が来て「警視庁からの通達で、残本はモー一冊もあるまいが禁止の事だけ伝へろ」といふ事でしたとの言、発行を許されたものと見て頒布しましたから無論残本は一冊もありませんと答へて警官を去らしめた

然るに、如何なる内情に出たものか(想像はつくが)二ヶ月半余を過ぎた八月の中旬、突然東京地方裁判所の検事局から即刻出頭せよとの命令に接したので、出頭して見ると、本書を刑事問題としての取調べ、其間面白い話もあるが、結局は東京区裁判所で罰金七十円に処せられ、官僚攻撃の年貢と見て、不服も唱へず罰金を納めたのである

本書の古本が昨今偶ま市に出ると十円内外の売買価格であるさうな

どうか此「猥褻廃語辞彙」の一件をば、予の一身上に於ける最終の刑事問題兼行政処分問題としたい