韻文

漢詩、狂詩、和歌、狂歌、俳諧、川柳、俗謠、情歌等、皆これ韻文なり、猥褻なる作意多き端唄、都々逸は文学に非ずとするも、詩歌俳句は韻文学として文学の一種たり、明の何仲默の言に「夫レ詩ハ本性情之発者也。其切而昜レ見者莫レ如夫婦之間……」と、詩の本元たる支那に於て斯くの如く両性の愛を表する詩を可とする者あり、模倣の我国人に、頼山陽、秋山玉山、中島棕隠、村瀬栲亭、信夫恕軒等の如き艶詩作家のありしは当然なりとせんか

古くは「一生不觸美人手、犢鼻褌中日月長」など、一休和尚の作と伝ふる狂詩数首は悉く猥褻と見るべきか、支離子の「横浜竹枝」に註する「倒乗蝋燭」は解頤洪笑の悪謔といふべきものなるべし、銅脈、寝惚、以下の狂詩に至りては顰蹙唾棄すべき下劣野卑の作少しとせず

天明五年の版本「艶本枕言葉」には、露骨にして深刻なる狂詩二首を題せり、山東京伝の作なるべし

泰西諸州に行はる詩の起原は、独乙グロース博士の比較人種学的研究の結果によれば、原始人の詩は悉く性的発露の情操なりしと云へり

和歌の事は既に「文学」の条に略紀せり、万葉以後の一例を云はん、「大和物語」に、藤原時平の北の方がマダ娘時代たりし際、時平と共に野遊びして「春の野に緑にはへるさねかづら（五味子）我きみざねと頼む如何にぞ、といへりけるかくいひいひ相契ることありけり」と見ゆ、万葉時代と同じく和歌を野合のソビキ用となす事も多かりき、狂歌は蜀山人、岸本由都流等に猥褻としての名作あり

俳諧は「五元集」の「子安貝二見の浦を産湯かな」程度の句は、其角以後の作家に多し、俳諧の変体たる川柳には、バレ句専門の「誹風未摘花」あり、天明以後より明治中期までの狂句には無辺数万の臭句紛々たり

近松巣林子の作といへる毬歌国宇解は、童謠にひとしき淫猥の韻文といふべし

附載 性的詩集

「竹枝」とは風俗詩の義なるが、多くは柳巷花街の艶事嬌態を説けり、予好んで其竹枝を蒐集することこゝに四十年、漸く左記の二十四種を獲たり、大江敬香著の「神戸竹枝」、其刊行を聞きしは明治十八年頃なりき、今に入手せざるを憾みとす

似し「西湖竹枝」、「都門竹枝詞」等、支那の竹枝は此表 記に漏らせり

• 西驛竹枝 一冊 植木晃玉著 文政八年作
• 江戸竹枝詞 一冊 小南慓斉著 文政十一年刊
• 楽国竹枝 一冊 快庵居士著 天保三年刊
• 銚子竹枝詞 一冊 宮内仁里著 天保四年
• 桜堤竹枝 一冊 （いかり）庵散人著 天保五年刊
• 丸山竹枝 一冊（愛琴堂詩醇） 天保五年刊
• 象山竹枝 一冊 日柳燕石著 天保九年刊
• 亞墨竹枝 一冊 井上舂洋著 弘化三年刊
• 吉原竹枝詞 一冊 中村歌城著 安政三年著
• 新潟竹枝詞 一冊 友竹斉主人著 安政六年著
• 高山竹枝 一冊 森春濤著 文久元年著
• 横浜竹枝 一冊 清人支離子著 慶応三年刊
• 新潟竹枝 一冊 森舂濤著 明治十四年刊
• 函館竹枝 一冊 北条鴎所著 明治十八年刊
• 芳原竹枝 一冊 長谷川城山著 明治十八年刊
• 柳橋竹枝 一冊 長谷川城山著 明治二十七年刊
• 新橋竹枝 一冊 長谷川城山著 明治二十九年
• 大磯竹枝 一冊 長谷川城山輯 明治三十三年刊
• 横浜竹枝 一冊 永坂石拠著 明治三十八年刊
• 樺太竹枝 一冊（樺太観風集） 明治
• 琉球竹枝 一冊 高山雲山著 明治四十年刊

（右表中「吉原竹枝詞」のみは漢詩に非ず狂歌なり）

其題名は竹枝にあらざれども、内容の竹枝たるもの多し、佐藤六石の「芳原新詞」、「永坂石◯（たい）の「新潟尋句図詞」酔香逸史の「新潟短古」等これなり、又三島中洲の「霞浦遊藻」中に銚子竹枝を容るゝの類亦多し、これ等も獲るに隨つて同架に収めつゝあり