監獄
刑務所学と改称さるべき監獄学は、囚人の取扱、獄舎の建築、警吏の勤務等に関する方法、及び獄の沿革、改善等を講ずるものにて刑事政策学の附属学なるが、文士某の歔語に「徴兵検査と追剥は人を裸にせずんば止まず、彼は懐柔にして是は強制なり」と云へるが如く、監獄は追剥と同様囚人を強制的に裸にせずんば措かざる所なり、所謂フリチンとフリ××は日常の事にして、追剥に遭へる行旅人に均しき醜状を演ずる所なり
其囚人間に行はるゝ同性姦の取締は、司獄官吏の注意を要する所にして、又防止至難の一問題たり、少年檻と成年檻との区別は、幾分其弊を除去せりといへども、女囚の同性愛は年齢の多少に拘はらずして行はるゝが故に、其取締は一層の困難なりと聞けり
明治七年六月二十四日発行の「新聞雑誌」第二百六十五号に左の一記事あるを見たり
東京神田竪大工町 懲役人 桜井佐吉
其方儀懲役三年ノ処刑相成身分尚心底不改同囚曾我助次郎ヲ得心ノ上トハ乍申鶏姦ヲ犯サント欲シ事ハ遂ゲザルトモ右科不応為軽キニ擬シ加役三十日申付ル
右は東京裁判所の判決文なるべし、当時の刑法「改定律例」の不応為律(為すべからざる事をなせし罪)に照して処罰されたるなり、明治十四年後は、本則に処することなく、監獄則にて七日以内の減食刑に処せり
又明治六年六月十四日発行の「東京日々新聞」に曰く
(審理公判と題せる欄内に記載せる一条なれども、被告人の住所を記さず、又獄官に宛てしものなるか、裁判所に提出せしものなるか不明なり、左に録するは新聞紙所載の全文と知るべし)
小島仁三郎
三十七年
自分儀御吟味中入檻被仰付居侯処当五月八日岡田善吉ト申者新入仕候折柄事無キノ余リ同人へ相戯レ流行唄謡ヒ可申若シ不謡候節ハ鶏姦ヲ犯サセルハ牢中ノ規則ト申シ欺キ其夜遂ニ同人ヲ鶏姦仕候処翌朝同人ヨリ前夜ノ次第御訴申上自分御吟味ヲ受ケ恐入候事
右之通相違不申上候以上
六月四日
其審判の結果如何は知れざれども、此一ケ年後たる前記の判決実例に照せば、是亦不応為律に擬して何日かの懲役か又は本罪に重きを加へて処罰されしなるべし
斯くの如く、監獄に於ける性欲問題は、同性姦に関する事実たり、内外の監獄学者が此問題につきて研究を重ねしこと察するに足るべし