美術
審美学は哲学の一種にして「エーセチツクス」と称し、美の本質を審判せる学なるが、其原則に適応する人工の製作物を美術品と呼び、其製作の方法を講ずる学、これを美術学と名づけ、其製作品たる絵画、建築、彫刻、織物、染物、漆器、鋳物等を無声美術、又は視覚美術と称し、音楽を有声美術、又は聴覚美術と称す、是等の美術にも性的関係の事物多し
「絵画」は美術の主たる物なれども、その事は別項に記せるを以てこゝには省き、絵画を応用せる製作品、及び彫刻物音曲声楽等の事を略述せん
印度、埃及、伊太利等の古建築には、其装置として卑猥なる彫刻物、壁画等ありと聞けり、欧米の文明国にては現に美人の裸体像を到る所に建て居れりと云ふ、「実生斯活」所載白柳秀湖子の欧洲漫遊記中に曰く
「仏国のマルセイユに着いて、市街見物をした時にアテラレたのは裸体女の立像である、町の広場にも、公国にも、商店の屋根にも、取引所の軒にも、官衙の玄関にも紀念塔の上にも、噴水の下にも、病院にも、銀行にも、会社にも、殆ど裸体女の像の立つて居ない所はない、フランス人は何故恁んなに裸体の女を喜ぶか、僕は真面目に之を考へた、美術の国、文芸の国にしてもアマリの事である、フランス人は遊び半分に暮して居るのであらうか」云々
我国にても追々此風俗に傾きつゝあり
金銀銅の深彫毛彫・堆朱彫、木彫竹彫、宝石彫等に種々の性的図案あり、象牙の婦人像を倒に見れば凹所あり、香盆の蓋をあくれば異薫生じ、桃から生れる男女、煙管筒に浮彫の春宮、昔は「浮世人形」とて木彫彩色、又は塑製にて、衣寂を捲くれば陰部の見ゆる人形の流行せしこと「耽奇漫録」にあり
文身美術といへる肉体彫刻、これにも古今の実例多し
「中昔、小石川伝通院円前茶漬店二代目の辰巳屋は体中に色ある入墨の奇工を尽し、其画技の妙は彼にとゞめける、一日神田より一人の男来り……赤裸になるを辰巳屋目をとゞめて之を見るに双手体中さらに一点の針の痕もなし、心にいぶかり様子を伺ふに、彼の男褌衣を払ひ拾るにぞ、眸を定めて之を見るに、男根に彫物をなせり、彼の男いふ、抑も男根に入墨は……」云々(飛鳥川)
「文政の頃、江戸にお角といふ女のいすり(強談)を業とする悪女あり、全身に種々を彫り、又河童が玉門に指さす形を彫れり、大丸屋に美服を誂へ、其製成るに至りて、店頭にて裸体となりて新衣に更る、衆人これを見て笑へるより金をいすりし事あり、彼の彫物は元よりありし也、之を見て笑はん事を察して謀りし也」(守貞漫稿)
「往時は婦人の文身を施すもの亦鮮からず、彼の演劇にある蟒お芳(陰部に蛇の文身をなせる女)などは、作者の理想に過ぎざるべきも所謂女伊達と称して任風男子を凌がんとする一流の婦人が、文身を施したる消息を解するに難からず、聞く旧幕時、或る婦人が、肩に雷鬼の留まり居る所を彫り、雷鬼が錨を下げて太◯を釣上けんとする普通の図案を変じ、鏑を陰部に掛け居る図を彫りたるものありしと云ふ」(骨董協会雑誌)
「毎年の徴兵検査に文身をした壮丁が少くない、徴共検査官の話には、腹部一面に臍を中心として極彩色の春画が美しく出来上つて居るのや、陰茎に紅葉を彫つたのなどは奇想の随一たるもので、其外腋の下、太股に裸体の美人、陸海軍旗の交叉したもの、情夫の名を入れたものなどが随分あったと云ふ」(衣裳界)
「東京上野精養軒のお半、年は二十七八の年増盛り、スツキリと水際立つて姿の好いのが、お膳搬びの裾さばき玉か氷かムツチリした白い脛に、赤いものがチラチラする、お客が気にして根強く聞くと初めは中々見せないが、終には自慢さうに出して見せる、脹脛腓に燃え立つやうな耕房が彫ってあつて、其紐がクルクルと向脛から巻上つて内般に般若の面、アツと言って舌を巻くお客の顔を流目に見たお半は「貴郎(あなた)、人に言つちや厭ですよ」と嫣然(にっこり)する、その笑顔が素敵に美しいさうだ」これは大正二年頃の事なり(大阪時事新報)
此外、印章に淫画を刻せるもあり、又篆刻として漢文の艶語を彫れるもあり
「織物」、「染物」
Section titled “「織物」、「染物」”服紗、紙入、羽織裏地等にあり、又支那製には扁額用の如き物もあり、其他欧米諸国及び蛮界にも種々技巧的の製品ありといふ
「陶器」、「漆器」
Section titled “「陶器」、「漆器」”九谷焼として著名なるは酒盃なり、唐津焼には粗製の玩具多し、近年京都五条坂にては、裸美人の外、古風の彩色付素焼物を製せりと聞けり、先年東京の詐欺師が通信販売の広告に一能斉観月製作など虚偽の名を附し、其筋に押収されしは皆京都製なりしといふ 漆器にも酒盃あり、玩具あり、手箱の蓋の裏面に金泥銀泥極彩色の蒔絵を施せるもあり
江戸時代には縮緬細工にて桐箱入など流行せり、世界的の猥褻事物研究大観とも云ふべき独逸出版の大冊物アルベルト・モール博士著「性的科学の梗概」には、日本製の押絵細工としで其写真図をも挿入せり、天保前後浮世絵全盛頃の産物なり
玩弄銭あり置物式あり、生殖器神類似の物あり、神道俗学者に「その滴りを阿浮曇と号す」といはるゝ天の逆鉾は、後世の偽物なれども、美術的製品なりといふ
西洋の音楽にも日本の声曲の如く、肉感挑発的の歌謡多しと聞けり、江戸の文弥節といへるは、婦人×××の代名詞に使はれたり、此文弥といへる節は「文賀といひし座頭の三味線に、弥太夫といへる者の浄瑠璃を合せて語りし声なり、よつて文弥節と名づけゝると、波崎喜惣次の物かたり也」と「俗耳皷吹」にあれども、岡本文弥といへる者ありし由に記せるものもあり、いづれか真なるを知らずといへども、其音節の異様なりし事だけは察せらる
以上の外、時代の経過によつて価値を増加せる美術的骨董品にも、性的関係の物多し