生理
心身相関の原則によりて、心は身のために役せられ、身は心のために役せらる、されば心理学に於て性欲問題の多きが如く、生理学に於ても生殖問題多からざるを得ざるなり否猥褻といふ客観語の対象は、生理学に於ていふ生殖器の構成、生殖作用、生殖行為、生殖問題の描写等にありて、あらゆる諸科学中、これほど直接関係のこと多き科学は外に無しと云ふべきなり
先づ生物学動物学の範囲を脱して、生理学の圏内に入れる男女両性の性別説、続いて精虫の活動、卵子の静止、其相結合する原則等の記述に就て一言せん、是等は学説なるに精虫の語を聞いて顰蹙する男子、卵子の語を聞いて赤面する女子あるは如何
次に近世流行の性欲学、及び雨後の筍の如く一時坊間に頻出せし性欲書等に記せる旧造化機論式の解説に就て云為せんは、アマリに平丸にして野暮臭し、ヤヽ特殊的の問題たる女の生殖器と乳房との関係、男女の生殖器と鼻との関係男女若返り法、思春期の危険説等の類を摘示するの要もなからん、茲には二三の異例を挙ぐ
佐多愛彦博士は其著「校舎の窓より」に於て、情欲抑制中毒論を唱へて、長期の刺欲ほ生殖的内分泌物が脳細胞を犯してセキソトキシンといへる毒素を発生し、男は神経衰弱、憂欝症、強迫観念、厭世観等を起し、女は顔色蒼白と成りて骨軟化症を起し、或は下腹毎に充血して慢性炎を起し、乳腺、子宮、卵巣等に腫瘍を発するに至る、故に長期の制欲よりは寧ろ手淫を行ふに若かずと、ブラツシュー氏云ヘりとて、手淫奨励論の如きを宣伝したりき
又先年木村医学博士の包茎文野論といへるを出せし新聞紙ありたり、其論の梗概は「男子の道具は皮被りが本統である、欧米人は悉く包茎である、日本人は包茎を恥辱の如く心得るが、包茎は文明人士と同様、天性・完全な道具の所持者であると思はねばならぬ、彼の箇所は神経の最も鋭敏な所であるから、皮を以て包んで置くのは、医学上から見ても当然の事と思ふ、常に亀頭の露出して居るのは日本人と猶太人とだけである、人種の方面から見ても、露出党は排斥さるべきものである」との奇論
先年或医師の談に「伊勢参宮の途中にて男女相接すれば分離せず」との古伝につき、そは妄説にあらず、腟口狭窄症を起せる結果にて往々ある事実なりと聞けり
同性愛の生理的原因、半陰半陽の中性者、男女生殖器の異状等、不具と過重の変態生理学説につきても種々いふべき事あれど茲には省く
水戸の医師秋元洗二子は其著「婦人性学」に「陰毛の性学的所見」といへるを発表し
- 陰毛と体格
- 陰毛と営養
- 陰毛と賦禀
- 陰毛と年齢
- 陰毛と生殖器の発育
- 陰毛と出産数
- 陰毛と色欲
- 陰毛と貴愚
- 陰毛と月経
- 陰毛と教育
- 陰毛と疾病
- 陰毛と腋毛
自己経営の婦人科医院に於ける多年の実験研究を綜合せし学説なり、此一小部分の事に就てすら斯く関係の所説多し
本尊生殖器に就ての学書が汗充たゞならざるは怪むに足らずとすべし
古来の性的俚言にして生理学的解説を要するもの亦多し、又「俳諧大熊手」に「閨厨秘戯の神に通じて蛞蝓(なめくじ)仙人の術を行ひ」といへる一節あり、此似音的美化語にて表せる一事の如きも亦生理学的研究を要すべし
解剖学は医学の根元にして又生理学の基礎たり、其解剖学書に見ゆる男女生殖器の構成解剖に関する挿図は、これを学説的春画と目して可なるものとす
生物学及び生理学の根本とするものに細胞学あり
予の旧記の一節を左に再録す
男が孕む父なし娘
これは変態生理でなく正態生理の一原則を説くのである
知識的好奇心を挑発すべく珍妙な標題を附けて、未知の人々に驚異の眼を見張らしめるに過ぎない
生物の分子は単細胞であるが、生殖素の分泌器たる男の睾丸内に産出する単細胞が分裂して原精細胞に成り、原精細胞が又分裂して精母細胞に成り、其精母細胞が更に又分裂して精娘細胞に成り、精娘細胞が又々分裂して精孫細胞に成り、其精孫が漸く精虫に変ずるのである、精虫は女の卵子に侵入し、それが分裂繁殖して複細胞たる人体を組成するのである
生物は陰陽の両性が結合して産出するのであるけれども分子たる単細胞の時代には、父なくして母のみが娘を生み、娘が孫を生むのである、即ち精虫も父なし子であつて、それが男の睾丸内に於ける事であるから、男が孕む父なし娘と云つても、生理学上では無理な標題でない(男女性学雑誌)